休日になると家にやってくる――いや帰ってくる可愛い妻との生活は、レンドールの心をいつも潤してくれていた。会うだけでなく、もちろん電話もしているけれど、やはり顔を見て触れ合うのが一番の幸せだと思う。
「やっぱりフェデラーの試合はいいね」
「ああ、そうだね。古い映像だけど……今の選手たちと比べても見劣りしない。とても精彩を放っていると言えるんじゃないかな」
二人で過ごす時間でも、テニスの話題は自然と多くなる。練習内容についてや他の選手について、友人でありライバルでもある選手のこと、そして試合動画の観賞。Q・Pはともするとテニス中毒みたいなきらいがある。テニスをするのもその話をするのも好きなのだ。レンドールももちろん、自分が最高の選手と信じるQ・Pとのそういった会話や練習はどれも素晴らしく楽しいことだと心から思っていた。
熱中して古い映像を見ていたので、気が付くともう遅い時間になっていた。
「おっと――もうこんな時間だね」
「うん。そろそろ……」
Q・Pはレンドールの腕のなかから立ち上がると、「シャワー浴びてくるね」と言った。それは、彼と結婚してからは、夜の合図となっている言葉だ。Q・Pは身体を洗うと同時に、セックスの準備をして戻ってくる。
「Q・P、こういうことを聞いていいものかわからないんだけど」
「何?」
「えーっと、セクハラがしたいわけじゃないんだけどね」
「夫婦でセクハラなんてあるの?」
「キミが言われて嫌なことだったら、如何なる関係であってもハラスメントだと言えるよ。だから、嫌だとか言いにくかったら無視してくれていいんだけど」
Q・Pは何だか神妙そうな顔をしてレンドールをじっと見ている。
「その……いつもどういうふうに身体の準備をしているのかなって、少し気になっていて」
レンドールは彼の18回目の誕生日に結婚して、その日の夜に彼を抱いた。レンドールとしては、困ることのない程度には男性同士での行為についての知識を入れておいたし、その知識からすると、最初から挿入までは至らないだろうなと思っていたのだ。時間を掛けてその器官をほぐし、拡張する。最初は前を触るだけ、くらいの気持ちでさえいた。
だが、Q・Pの身体は違った。彼は事前に自分で準備を進めており、レンドールの性器を受け入れられるようにその器官を拡張していたのである。何という周到さ、そして健気さだろうか。段々レンドールは、彼にそんなことまで準備させてしまったことを申し訳なく感じてきたくらいだ。
そのようなわけで、新婚初夜に二人は結ばれて、以降、彼が家に泊まりに来るたびに行為をしている。都度Q・Pは、ベッドに来る前にシャワーを浴びながら準備をしてくるというわけなのだ。
レンドールとて、挿入する前に指でちゃんと慣らしているし、やっていることはそれと同じようなものだろうとは思うのだが。
Q・Pは特に表情を変えるでもなくレンドールを見つめていた。
「ごめん、やっぱりハラスメント……」
「一緒にシャワー浴びて見る?」
「えっ」
「説明するよりその方が早いと思うよ」
(これやっぱりセクハラだったんじゃないかな!)
まずいこれ捕まったりしないかな、とかレンドールは突如として不安に襲われたが、Q・Pの表情はいつもと変わらない。淡々としている。
「ええっと、そういうのって大丈夫なのかな」
「? 何が?」
「僕が見て」
「いつもセックスしてるのに?」
「そう……だね」
スタスタとQ・Pは歩いて脱衣場へと向かう。レンドールが付いてこないので振り返った。
「ケン?」
(これは夫婦の営みの延長のことだから平気……のはず)
Q・Pは考えたりしないのだろうが、レンドールは今でもたまに、この美しい奥さんがいることについて、信じられないような気持ちになることがある。そして、本当に手を出して良かったのかと思うこともあるのだ。もう結婚しているのに。
それでも実際に彼が行儀よく服を脱いでいくのを見ていると、何だか悪いことをしているような、させているような気持ちになってしまう。
「ケン、見てないで早く脱いでね」
「う、うん。ごめん」
Q・Pはさらりと下着まで脱いで、シャワーに向かう。レンドールも慌てて服を脱いで追い掛けた。
二人とも常にテニスと接しているのだから汗をかくことが多く、必然的にシャワーを浴びる機会は多い。Q・Pはほっそりとした肢体に湯を浴びていた。滑らかで白い肌はちょっとした彫像のようだ。それが、湯の温度でほんのりとピンクに染まっている。濡れた髪はセクシーで、少々目の毒だ。これから行うことを考えれば、無意味な葛藤に過ぎないが。
Q・Pはレンドールの身体を引いて、自分と同じように湯に触れさせた。表情変化は大きくないが、すでにベッドのなかで甘えるとき同じようにキスをねだり、腕を絡ませる。
いや、こういうことをするために一緒に入ったわけじゃなく……。と、レンドールは再度葛藤した。しかし艶やかな肢体や熱っぽい視線に敵わない。恋をするのに見た目で何かを選んだつもりはないが、この美貌にはまったく勝てないと感じているのも事実。二人は湯に濡れながら、口づけを重ねていく。
「ん、……っ、ケン……」
甘いキスを重ねるのも別にいいけれど。いや、そのためではなく。しかしじゃあ何のために、ともレンドールは口に出しづらい。Q・Pはたっぷりと口づけを堪能して、ぎゅっとレンドールの身体に抱き着いてから、「じゃあ準備するね」と呟いた。レンドールはその言葉に頷く。
「ナカを洗ってから、指で広げるだけだけど」
先ほどまで気付いていなかったが、浴槽の縁にはローションが置いてある。Q・Pはシャワーを使って内側を洗浄してから、指にとろりとローションを垂らした。どの仕草も魅惑的に見えてくるので不思議だ。彼は指先を後ろにすぷりと突っ込んだ。
「アッ、ン……ッ♡」
甘い声が室内に響く。
やっぱりこれは何らかの問題にならないのだろうかと、レンドールは内心でかなり心配になってきた。すごく煽情的な光景だ。淫らだ。ぐちゅぐちゅと淫らな音を響かせながら、彼の指先が彼の内側を暴いている。
「……アンッ、アッ……ケン……♡」
Q・Pの肌がますますピンクに近付いた。そのなかでも特に上気する頬が、濡れた瞳でレンドールのことを見て、恥ずかしそうに逸らされた。
「……ッ……、恥ずかしいよ……」
「えっ、ご、ごめんね」
「ッ、アッ、や、そんなに、見ないで……、ッ♡」
恥じらう仕草のまま、指先だけが淫らに出入りをしては、身体の快感を高めているようだ。
こういう場合、彼の意向を組んで視線を逸らしたり、或いは出ていくべきなのだろうか?
それとも本当に望んでいないという意味ではないのか。Q・Pはかなりセックスには積極的なようだが、恥じらいはかなりある方だ。或いはこの煌々と照らす白い灯りがすべて白日の下に晒すからだろうか。つまりベッドサイドの明かりだけと比べて、より痴態がはっきりと見えるという……。
「ッケン……もうボクに挿れたい……?」
勃ってる、とQ・Pは甘い吐息を零して、指先を伸ばしてレンドールの性器に触れた。そこに血が集まっていたことをレンドールは意識していなかったが、当然の反応ではある。レンドールは彼を愛しているし、彼に対して欲情するのだ。目の前の彼の痴態が自分の身体をそうさせることにさしたる疑問はないだろう。
「すごく……目の毒だと思っているよ」
「ン……今挿れてもいいよ……♡」
「……それはダメだ。ゴムもベッドに置いてあるんだから……」
それに、こんな冷たい壁や床でするなんてありえない。やわらかいベッドの上でしたとしても、身体に負担が大きいのがいつも気に掛かっているというのに。
「でも……ケンの、もう挿れたそうにしてるよね……?」
ボクも欲しい、とQ・Pは直接的に甘い声でねだった。手がまたレンドールの性器を撫でる。誘惑の仕方がわかっている手つきだ。すでにかなり張り詰めている部分に刺激を与えられるのはレンドールでも堪える。Q・Pの方も、性器から雫が溢れていた。
セックスはしたいし、それは、今は許される関係になったのだと思う。法的に問題がないと定められているから結婚しているのであって、ならばこの行為は許されていることだ。
だからQ・Pは躊躇うことなくレンドールの性器を握り、自分の後ろにも手を伸ばし、淫らに腰を揺らしていた。
「アッ、ン……、ケン、ケンの、早く挿れて……♡」
Q・Pは淫靡な手つきのまま、自分が指を出し入れしていた箇所を、レンドールがいつも己の欲望をぶつけている場所をこちらに見せると、くぱ、とそこを指で拡げた。かなり直接的にねだるので、どこでこういう手管を覚えるのだろうかと、レンドールは生唾を飲み込みながら思う。
挿れたい、と男の本能が叫び、彼もまた、欲しいと欲求が溢れている。挿れたい。繋がりたい。彼の奥深くまでを貫いて、そこに燃え滾る自分の欲望を叩き付けてしまいたい。美しい顔を、自分が与える快感で歪ませたい。喘がせたい。啼かせたい。人間なら当然の欲望だとまでは言わないのだろうが、そういうことを思っても仕方がないのだろうと思う。そしてそれは、二人のあいだで合意があるのならば許される行為だ。
許される、と思う。
レンドールは彼を自分の腕のなかに引き寄せた。
「アッ、ケン……♡」
そして彼を勢いよく抱えて冷たいタイルの上から持ち上げた。Q・Pは、驚いたように目を丸くした。
「ケン……?」
「ここはダメだ。ベッドに行くよ、Q・P」
「えっ……でも、濡れたままで……」
「濡れてもあとで拭けばいいだけだよ。キミの身体の方が大事だ」
正直、可愛い可愛い妻のあられもないすがたにレンドールの理性はガクガクと揺さぶられていたが、かろうじて、彼への愛が理性的な感情を留めてくれていた。レンドールは彼に説いている。愛とは本能に負けないことなのだ、と。もしも自分が本能などという欲に負けて、彼に手ひどいことをしたのなら、それは愛などではない。単なる身勝手な欲望でしかない。
ぼたぼたと床に雫が落ちていく。その水滴は多分溢れている自分の欲望なのだとレンドールは感じた。
ベッドにゆっくりと彼の身体を下すと、首に掴まっていたQ・Pからは、少し不満げなようすがあった。
「あのままでも平気だったのに」
「平気じゃないよ。あんなところでしたら、キミは身体を痛めてしまうだろう?」
「……ケンは……、我慢できるんだね……」
「ちっともできてないよ。できてないから濡れたままキミをベッドに連れてきたんじゃないか」
覆い被さって唇を重ねる。痛いくらいに膨張している性器がQ・Pのそれとぶつかった。Q・Pは甘く啼いて、快感から自分の腰を押し付けたが、さすがにレンドールの方も限界だった。いつもなら挿入までにもう少し時間を掛けるのに、そのときばかりはベッドサイドの明かりだけを頼りにゴムを付けると、すぐに性器を彼の後ろに押し当てた。
「アッ……♡」
「Q・P、もう挿れるよ」
「ッ……うん……♡早く挿れて、ケン……♡」
いつもよりも慎重にはできない。身体が追い求めるままに、彼の奥深くまでずぶりと侵入させる。
「アァンッ♡アッ、アァッ……♡」
「……ッ、ごめん、Q・P、平気?」
「ン……、うん……♡ケン、きもちいいよ……♡」
ズプズプと性器が埋まっていく。ぎゅうぎゅうと締め付けるそこに快感が引き出されていく。腰を動かしたくて堪らない。そう思いながらも、レンドールは身体の制御権を明け渡すことは決してなかった。
「アンッ♡アンッ……♡」
「Q・P、大丈夫?」
「だいじょうぶ、だよ……♡早く、ケン……奥いっぱい突いて……♡」
Q・Pの腰が淫らにくねる。快楽に悶えているのは彼も同じだ。性器は勃ち上がって震えているし、快楽をねだるように足が絡みついてくる。
淫らだ。いつもよりも恥じらう仕草がないのは、焦れているからかも知れない。レンドールはますます性器に血が集まっていくように感じていた。
「アッ♡ケンの、おっきくなった……♡」
「動くよ、Q・P……」
「うん……♡」
腰を振ると、ぐちゅぐちゅと肉が出し入れされる音が空間を満たしていく。
「アンッ♡アァンッ♡アッ……ケン……ッきもちいいよぉ……♡」
「んっ……Q・P……」
いつもよりも少し締め付けがキツく感じるのは、やはりもう少し入念に準備していないからだろうか、と思う。それはレンドールにとっては快楽でしかないが、Q・Pの側が苦しくなければ、と考える。Q・Pはひたすらに甘い声で喘いでいた。性器が内側を擦るたびに甘い声が漏れて、彼の快感が強いポイントを抉るようにすると、甲高い声が響く。
「アッ、アァッ♡アァンッ♡ケンッ♡」
普段、女の子みたいな声が出て恥ずかしい、と喘ぎ声は抑制しがちなのだが、今日はいつもよりも甘く啼いている、と思う。
「アッ♡もうイくッ……イっちゃ……♡」
「いいよ、イって……」
「ンッ……ン――ッ……!」
ナカを強く擦ると、びくびくとQ・Pは身体を震わせた。白濁が彼の身体に掛かって、この光景も淫らだと感じる。
枕が彼の髪の水滴を吸い上げて、シーツは水滴で濡れている。ああこのままだと寝られないんじゃないか、とレンドールは頭の片隅で思った。達したばかりのQ・Pの瞳はとろんととろけている。自分の方はと言えば、まだ張り詰めたままなのだが、少し呼吸を整えながら、へばりつく髪をレンドールは軽く掻き上げた。
Q・Pは腕を伸ばしてキスをねだったので、今日は前戯がないからあまりキスをしていなかった、とレンドールは思って口づけた。まだ熱い自分の性器が彼のナカで擦れて、Q・Pは甘い吐息を零した。
「アッ……♡ン……♡」
「もう少し平気?」
「いい……来て、ケン……♡もっと突いて……♡」
甘い声に囁かれるままに、レンドールは腰を振り、己の欲望を彼にぶつける。パンパンと肉がぶつかる音と嬌声だけが部屋に響いていた。
肉欲に溺れたことなどはないとレンドールは思っているが、この甘い声や魅惑的な肢体に、これまで考えられないほどに熱い欲望が生じていると考えていた。やや拭い切れない彼に対する背徳感の所為もあるかも知れない。こんな年上の男が、若くて美しい身体を己の自由にできるのだから。
「アッ♡アンッ♡ケン……♡」
「ッQ・P……!」
腰のピストンが速くなる。このやわらかい身体の奥深くに放ちたいと本能が叫んでいる。
「……ッ、Q・P、出すよ……!」
「ンッ♡出して……♡ケンの、いっぱいナカに出して♡」
「Q・P……ッ!」
「ンッ♡ケン……ッ♡」
その欲望が限界まで膨らんだ瞬間に、ドスンと腹の奥深くを突くと、レンドールはそこで低く呻いて達した。びゅるびゅるとゴムのなかに精液が溜まっていく。我慢をしてから達した所為なのか、いつもよりも長く射精が続いたように感じた。
Q・Pは深くを突かれて一緒に達したようだった。足をレンドールの身体に絡み付けたまま、身体がびくびくと痙攣している。
「……ッ、ハ……アンッ……♡」
ナカに挿れたまま口づけると、Q・Pは荒く呼吸をしながら受け入れてくれた。
レンドールはようやく理性を取り戻して、彼のナカから性器を抜くと、ティッシュで彼の腹にべたりとくっついてしまった精液を拭き取り、タオルを彼の頭に被せた。
「わ、ケン……?」
「風邪引いちゃうからね、このままだと」
わしゃわしゃと髪をタオルで撫でて、それから身体の水滴も軽く拭き取った。と言っても、大部分はすでにベッドシーツに吸収されてしまっているのだが。
そうしてからタオルケットで彼を包んで、リビングのソファに乗せた。
「どうしたの?」
「あのままだとベッドマットが濡れて寝られないから、ドライヤーで乾かしてみるよ。ただのシャワーのお湯だから、クリーニングに出すほどではないと思うし」
シーツを変えて、床を拭く必要もある。対処を考えていると、レンドールはQ・Pからの視線を感じた。
「まだ足りないよ。ケン、もっと……」
「ダメだよ。いつも言っているけど、身体に悪いからね」
「……あのままお風呂でしたら良かったのに」
「全然良くない」
「それなら生でできたのに――」
「なッ……、ゴムをしないのは絶対にダメだ。これはセックスするときには当然のことだよ、Q・P。大切な、キミの身体の問題で」
「でも、中出ししてもお風呂ならすぐにナカを洗えるから平気だよ?」
「Q・P!」
もとはと言えば、自分が変なことを言い出したのが悪いし、しかもそれでQ・Pが「見る?」と言った時点で、断れば良かったものを、欲求に負けてしまったのが悪い。と、レンドールは自覚していた。そう、悪いのは自分だ。清楚で可憐な子が中出しとか言い出すのも全部自分の所為。いやどこでそんな言葉を覚えるんだ?
どうも若い子にありがちなのか、ゴムなしでセックスした方が気持ちいいと思うとか何とかQ・Pも考えてしまっているようでたいへん困る。そもそも、薄いゴム1枚で快感がそれほど変わるだろうか? レンドールも経験したことがないし、その必要はないと考えていた。Q・Pは男で、妊娠する可能性があるからゴムが必要であるということはないが、彼のお腹に直接精液を掛けるなんて有り得ないことだ。こういうことは病気へのリスクもあるし、自分が年長者として窘めてあげなければならない。欲望よりも愛だ。彼の身体を大切に思う、深い愛情。
Q・Pは不満そうな表情を浮かべはしなかったが、これは、Q・Pの表情変化がいつもどおりであったというだけの話であって、不満げな雰囲気ではあるとレンドールは思っていた。タオルでもう一度頭を撫でて、口づけする。そうすることで、彼を誤魔化せるとか、有耶無耶にできるとかレンドールは思っているのではないが、Q・Pはそもそも聞き分けのいい子であるし、レンドールが言うことが正しいことも多分理解できるのだろう、口づけで大人しくなってくれた。
(いい子だ)
ぽんぽんと頭を軽く撫でて、「それじゃあ大人しく待ってて」と、レンドールはほほえんだ。
「ボクも手伝うよ」
「いいよ。水浸しなのは全部僕の所為なんだから」
「うん……」
レンドールはとりあえずバスローブを羽織り、新しいタオルと彼の着替えをすぐに彼に持ってきて渡した。
それから濡れた床を拭いていると、ベッドからはいつのまにかドライヤーの音が聞こえてくる。
「わ、ごめんね、Q・P。こっちはもう終わったから」
「ベッドも乾いたから大丈夫だと思う」
「ハハ。本当に、ごめんね」
「ううん、いいよ。いつもと違うケンが見られてうれしかったから」
「余裕がなくてごめん」
Q・Pはフルフルと顔を横に振った。
「またしてもいいよ」
「……あんまり、良くないかな……」
************
レンドールが拉致されていった。遠征が終わってすぐのことだ。拉致――GTAによって遠方に連れ去られてしまったのである。人は俗にそれを出張と言う。
(やっと家に帰ってきたのに)
プロのテニス選手は遠征がとても多い。世界ランキングを上げるためには世界各国で行われる試合に出場することが必須であるからだ。テニスという競技がワールドワイドな競技であるからこそ、こうしてあちこちに遠征する必要がある。今回はアメリカで行われる大会ということで、いつものように海を渡り、試合に出てきたのだった。
Q・Pの夫はコーチでもあるので、遠征にはいつも帯同している。コーチが選手に付いて遠征するのは当然のことだ。つまりQ・Pは海外に遠征しようとも、大好きな夫と過ごす時間が減ることはない状態にあるため、いつでもモチベーションが高かった。無論、彼と離れるだけでテニスへの意欲が損なわれることもないはずだが。
そのようなわけでレンドールもアメリカに一緒に渡ったので、独りで淋しいという時間はなかった。結婚し、卒業してから住んでいた寮を出て夫と二人で暮らすようになってから、Q・Pはほとんど彼と別れて過ごしたことがない。いつも傍には大好きな人、最も信頼できる家族がいてくれるのが当たり前である。
だが、夫婦としての営み――セックスについては、遠征先ではしていないのであった。これは試合のコンディションに関わる問題なので、暗黙の了解として、遠征先ではそういうことはしない。そもそも遠征先での会話は試合のことだけなので、そういう雰囲気になりようもないのだ。同じベッドで寝ても、試合のことを考えて眠るだけ。遠征先でも楽しく過ごすという選手も別にいるにはいるのだろうが、Q・Pとレンドールは、まったくそういうことは考えない。勝つことだけを考えている。Q・Pとレンドールは、非常にテニスに対して真面目な夫婦であった。
なので、大会が終わって家に帰ると、やっと抱き合って眠ることができる、と、そう思うのだ。仲睦まじい夫婦であるので、大会を控えていなければ、夜の営みはいつも当然。だから今夜は久しぶりにレンドールを味わえると思っていたのである。
そんなところにGTAは突然やってきて、理事としての勤めを果たしてもらう、とレンドールを連れて行ったのだ。次の大会やツアーに響かないように、遠征を終えた直後。なんでもGTAの分校がオープンするとのことで、そのレセプションパーティーにレンドールを使いたいとのことである。
ケン・レンドール監督はドイツテニス界では非常に有名な人物である。30代半ばでU-17世代とはいえ国を代表するチームの監督に選ばれたその辣腕が高く評価されている。そのことはQ・Pも誇らしく思っている。つまりGTAとしては、今は自分の学園理事として囲ったレンドールを見せびらかしたいという意図があるのだろう。名ばかりの役員でいいという話だったはずが、気付けばいろいろと使われている。その分の報酬はもちろん支払われているが……。
とどのつまりQ・Pは、不満を抱いていた。欲求不満ではないと思っていたが、今、この身体は、まさにレンドールを欲しているのである。
寝室でひとりでベッドに寝転んで彼の匂いを感じていると、少しずつ欲求が膨れ上がっていった。欲求が、というか、性器が。
(だって今日はシたかったのに)
たい、というか、するつもりだったのだ。そのつもりでいた。だから、身体もそれを望んでいる。レンドールに抱き締められて香りを感じたい。身体を撫でられて、快感をたっぷりと与えられて、後ろをグリグリと犯されて……。
独りでそんなことを考えていることに、段々顔が熱くなってきた。卑猥な想像と羞恥心が合わさって、身体も火照っている。勃ち上がってきた性器を指で触っていると、お腹の奥の方がきゅんと疼くのを感じた。だって、いつもそっちでイってるから、と思う。前だけでなんて、もうあまり考えたことがない。刺激が足りない……。
Q・Pは下着を下ろして、いつもするように、そこに自分の指を挿れた。
「ンッ……♡」
甘い声が唇から漏れる。いつも、女のように甘い声が自分の唇から出て恥ずかしいと思う。
「アッ♡ン……♡」
滑りが足りないと思ってローションを抽斗から取り出そうとしてから、Q・Pは不意に思い出して自分の部屋に向かった。下着も下ろしたまま、はしたない格好だけれど、今日は誰もいないから、と思う。だから平気だ。
ごそごそと箱を探して、一度も使ったことのない箱を取り出した。いわゆるアダルトグッズ、というものである。
一度も使ったことはない。買ったのはまだ同居する前で、毎週会ってセックスをしていたけれど、平日には物足りないと感じることがあるかも、と思って、購入してみたが、特に使う機会は訪れなかった。レンドールの方が大きくて立派なモノだから、このサイズのものをおしりに挿れても物足りなくなるだけだと思ったのだ。けれど、処分するのも面倒なアイテムだったので、自分の部屋に仕舞っておいた。そういう代物だ。きっと、こういうときに使えばいいんだ――!
そう閃いて寝室に持ってきてみたものの、見たことのない形状のアイテムと、これからする自分の恥ずかしいだろう行為を考えて、Q・Pは顔も身体も熱くなっていた。
(おしりに挿れていい……んだよね)
ローションで後ろをぐちゅぐちゅと押し広げたが、これから自分がみっともないことをするのだというぞくぞくする感覚が、指での快感を阻害していた。本当に、するの? と自問自答する。でももう、指だけでは足りない。前を触っても、心臓が煩いばかりだ。
濡らしておいた方がいいかも、とローションを垂らしてみると、余計に卑猥なことをするように感じた。恥じらうような感覚、背徳のようなものだけで、身体がイきそうな気がする。どぎまぎとしながらQ・Pはそれを自分の後ろに押し当てた。びくりと身体が震える。すぐには入らない。レンドールの性器だって、易々といつも挿入するわけではないのだし、ちゃんと形を見て、先端を少しずつ、とQ・Pは震える腕でそれを後ろに当てがった。
「……ッ♡」
未知の硬い感覚に、身体が震えた。レンドールが挿れるものは、たしかに硬いけれど無機質ではなく温かくて肉感がある。これは、そういう玩具でしかない。
「……ッ、ア……ッ♡」
ぬぷ、と挿入する感覚があった。指先に変に力が籠っている。まるで自分で自分を犯しているようだと思った。一瞬驚いて抜いてみると、後ろの孔がひくひくと揺れた。さっきの頼りない快感でも、脳が悦楽を認識してしまっているらしい。
「アッ……♡」
二度目はもっとスムーズだった。スムーズにグッと奥まで入り、先端がグリッと内壁を擦った。
「アッ♡アァッ……♡」
そうなってくると、身体は悦楽を求めて止まらなくなってしまう。腰が揺れて、腕が玩具を出し入れしている。甘い声がひとりきりの寝室に響く。ベッドには愛する人の残り香がまだあるので、それを感じて頬を擦り付けた。
「アッ♡アンッ♡アッ……ケン……♡」
彼のそれと比べると物足りない。ただ縋るように名前を呼ぶ。それは淫らで、はしたない、痴態とすら呼ぶようなものだと思うけれど、満たされない欲求を抱えたまま眠れそうにもないから、と自分を何とか納得させる。仕方なく処理するだけなのだとでも思わないと羞恥で気が変になりそうな行為だった。
(でも、もっと……足りない……♡)
もっと奥深くに挿れなければ。もっと激しく、と腕が動く。ぐちゅぐちゅと卑猥な音が響いて耳からも犯されている気になるけれど。ああもっと太くて硬いものがいい。
「ケン……ッ♡」
なかなか達せない、物足りない身体をもどかしく思っていると、急にスマホの着信音が響いた。それも、レンドールからの着信だ。Q・Pは慌てて身体を起こした。玩具は入ったままだが、今すぐにでも声でも何でもいいから接したいと思っていた相手からの連絡だ。今日は夜までずっと忙しいかも知れないと思って電話を遠慮していたこともあり、Q・Pは指をティッシュで拭って電話に出た。
「ケン?」
『ああ、ごめんね。もしかしたら、もう寝ているかも知れないと思ったんだけど』
「……んっ……♡」
『Q・P?』
「なんでもない……ッ♡」
びくんと身体が反応した。囁く声に脳が後ろをレンドールに犯されていると錯覚しているかのようだ。Q・Pはぎゅっと身体を丸めて、それが余計にナカを締め付けてびくりと震えた。
『もうそろそろ戻れそうだから、起きているか確認しておこうと思って』
「え……帰ってこられるの?」
Q・Pは寝転んでいた身体をまた起こして、後ろの刺激にぞくりとした。
『もちろんだよ。家に帰って休みたいから、ホテルは断ってきたんだ。遅くなるから、キミが寝入ってしまっていたら申し訳ないかもとは思ったんだけど……』
「……ッううん、早く帰ってきて、ケン……待ってるから……♡」
ねだる声が媚びたように甘い。普段ならこんな声は出さないのに、限界が近くて、身体中がねだっている。こんな玩具より、レンドールがいい、と訴えている。
『うん……。じゃあ、すぐに戻るから、待ってて、青い鳥』
そう約束してくれると、通話はすぐにプツンと切れた。
「……ッ♡アッ……♡……ッ♡♡」
電話の向こうで囁いてくれた声のためか、これから帰ってきて満たしてくれるということへの期待か、単純に限界を迎えただけなのか、ぱたぱたと先端から溢れた。Q・Pは、ふうふうと息を整えると、それからすぐに行動に移った。レンドールにこんな状況を見せるわけにはいかない。
ティッシュは捨てる、ローションは抽斗に戻す、ベッドが汚れていないかチェックして、おもちゃは洗って部屋に詰め込む。
早く抱かれたい、まだ身体は足りていない、と思いながらも、愛する人に痴態を見せるわけには絶対に行かないと落ち着いてココアを喉に流し込んだ。一説によると、チョコレートは昔媚薬として――とかどうでもいい知識がこういうときにだけ頭を擡げてくる。
ピンポーンとチャイムが鳴った。Q・Pはできるだけ平静を装おうとしながらも、ほとんど慌てたようにドアに向かった。
「遅くなってごめんね、Q・P」
「ケン、待ってたよ――」
彼のすがたを認めて腕を伸ばす。顔を近付けて口づけをねだる。
「……早く抱いて、ケン……♡」
そうして触れると理性が簡単に崩れ落ちた。まだ身体のなかで火種が燻っている。早く出したい。早く欲しい。
レンドールはぱちりとまばたきをしてからほほえんだ。
「もちろんだよ、青い鳥」
ツヴァイザムカイト。いい言葉を見付けたのでタイトルに置きました。
前半はおふろえっち♡(未遂)(レンドールは決してベッド以外では許さない)
後半はひとりで♡
なわけですが、相互関係してはいないのでまとめ方としてはR指定の話だというだけです。
前半は明確におふろは未遂で終わることを(私は~おふろでっていうの大好きなんですけど~)意識して書いてたんですが、後半は紆余曲折で、最初は出張中のレンドールと電話で……♡むしろビデオ通話で見せて♡みたいなヤバいのを考えていたがQ・Pもそんなことしねぇと思い、その後レンドールが帰ってきて見られる…バレってやつを考えたがそれは多分Q・Pはショックだしレンドールも困るだけだな~と思い、マイルドにマイルドになっていった。マイルドラブラブえっちです。
最初に前半のを書いてから見直してるときにこれ♡が絶対いるだろ……!!! と思って付けました。Q・Pはいつもレンドール大好き抱いて抱いて♡って積極的だけど、どんなにらぶらぶ♡でも謙虚な恥じらいを持ってほしいわけですね(嫌なタイプの願望)。
ショックを受けたレンドールさん「若い子ってどこであんな言葉覚えてくるんですかね……可憐で清純なQ・Pが……!」
話を聞いてくれた主任さん「Q・Pくんのこと可憐で清純って言うのはさすがにミスターレンドールだけですよ」