Über das Kochen

「レンドールさんって奥さん他にいませんよね?」
「えっ? 他に? どういうこと?」
「いや、そうですよね……なんかたまに、レンドールさんが話してるのって、本当にQ・Pのことなのかわからなくなるので……」

 そんなことを言われたのは、とある妻についてのエピソードをレンドールが話したときのことであった。

 Q・Pは料理が上手だ。日々の食事を作ることへも意欲的で、専属チームにいる栄養管理士からの指導を受けてメニューを作成するのみならず、彼なりに美味しい料理を作ろうとしている。

(僕のために)

 レンドールは可愛い奥さんが自分のために毎日のように美味しいご飯を作ってくれることを、非常に幸福に思っていた。もちろん、疲れているなら無理をしなくていい、というか、練習後の夕食なんて冷蔵庫にあるものでいいとも言っているのだが、Q・Pは得意分野で腕を振るえることをむしろ楽しみにしているようなので、あまりとやかく言わないようになっていた。彼はまだ若いので体力もあるし、疲労の回復も早い。睡眠をしっかり確保するなら料理するくらいのことに支障はないのだろう。

 Q・P自身は料理のなかで特別に好んでいるメニューはないらしい。栄養のための制限があったり、バランスを考えて食べるので、好悪ではまったく選ばないというのが彼の談である。非常に合理的だ。
 レンドールもいい歳なので、あれが好きとか嫌いとかあまり言うものじゃないとは思っているが、苦手な食物は苦手なものである。もちろん好きな食べ物もあるにはある。

「今日の料理も最高に美味しいよ、Q・P!」

 が、Q・Pの料理がどれも完璧な出来栄えでめちゃくちゃ美味しいので、正直、メニューへのこだわりが昔より薄れてしまったのである。単に舌が肥えていくだけとも言う。レンドールは、どんな料理も好物と言っていいくらいに美味しく食べていたのだ。

 そんなある日、Q・Pのが作ってくれた料理はシュヴァーベンの郷土料理だった。

「マウルタッシェかぁ。懐かしいなぁ」
「ケンはよく食べてたの?」
「ああ。母さんが、そっちの出でね。金曜日なんかはよく作ってくれたんだ」
「そうだったんだ。じゃあ、お義母さんにレシピを聞いてみればよかった」
「別にいいよ。キミの料理は美味しいんだからね。味を近付ける必要はちっともないさ。うん、やっぱり美味しいなぁ」

 Q・Pは安堵したように、じっとこちらを見ていた視線を外して、自分もスープを口に運んだ。
 マウルタッシェはイタリア料理のラビオリと似ている。パスタ生地にひき肉を詰めて、スープなどで仕立てた料理だ。この料理には逸話もあるが、それを作ってくれた母は特に語らなかったので、レンドールは大人になってから知った。

「昔、マウルタッシェが出てくるといつも喜んでいてね」
「じゃあ、これがケンの好物ってこと?」
「そうかも知れないなぁ。ラビオリとかも好きだからね」

 ――と、何気なくレンドールは言った。たしかに好物だったのだろう。華やかな料理ではないけれど、あつあつのスープに浮かぶ大きなパスタの袋を見ると自然と頬が緩んだ。そういう気持ちを覚えている。だから似ている料理を食べたときにも顔がほころんだ。そういう些細な出来事。

 レンドールがその話をした次の日の食事に、ラビオリが出てきた。もちろんレンドールは喜んで美味しく食べた。
 その次の日には、またマウルタッシェが出てきた。その次の次の日はまたラビオリが出てきた。その次の次のそのまた次の日にはマウルタッシェが出てきた。

(こ、これは……!)

 レンドールはそこで気が付いたのだ。どうやら食事のメニューが完全にループするようになってしまっているらしい、と。

(僕が好物だって言ったからだ!)

「その話、本当にQ・Pのことなんですか?」
「もちろんだ。これは間違いなくQ・Pの話だよ」

 Q・Pの専任チームにいるメンバーとレンドールは、少し会ってすぐに打ち解けた。主任の人柄を事前に知っていたので、彼のチームというのは、Q・Pのテニスに関してやや怖い人たちなのではないかとレンドールも危惧していたが、他のメンバーは至って普通だ。トレーナーや栄養管理士だけでなく、最先端のマシンが導入されているのでエンジニアもいる。彼らはみな、Q・Pの活躍に期待をしていて、さらに彼に専任コーチが就くことを喜んでくれた。

「いや、だってあのQ・Pがなぁ」
「だよなぁ」
「えーっと……どういう意味、なのかな?」

 レンドールが少々心配して訊くと、チームのメンバーたちは、揃って首を横に振った。

「あっスミマセン。悪い子じゃないんですよ! むしろQ・Pってめちゃくちゃいい子で!」
「いい子……というと変かもなんですが、聞き分けがとてもいいんです」
「うん。オレらの言うことちゃんと聞いてくれるし。素っ気ないけど」
「そうなんですよー。邪険にするってことでもないですからねー」
「テニスのことは、オレらじゃQ・Pの役に立てないみたいなんスけど、栄養管理だとかトレーニングのことだとかはちゃんと聞いてくれるんで、やりやすいッス」
「まぁでも……」

 チームのメンバーは苦笑した。

「愛想は……良くはないんで……」
「何を考えてるかまでは、オレらもよくわかってません!」
「なので、レンドールさんの話してくれるQ・Pって、大分意外なんですよねー」

(なるほど、そういうことか)

 Q・Pは自分でも、チームの人たちとはちゃんとやれている、と言っていた。反応を見るに、彼の考えとチームの人たちの感情に齟齬はないだろう。そもそも友人関係でもないのだから、距離感として問題はないはずだ。ただ、もっと彼を知りたいと思ってくれている面があるのかも知れない。
 かつてどのコーチにも心を開かないと言われていた少年は、今は決してそのように心無いことを言われる心配はないのだ。レンドールはそのことがうれしい。彼が周囲にちゃんと受け入れられているのを見ると、良かったと思うのだ。

「まぁオレらはそういうの全然慣れてるんスけどね」
「主任の方がよっぽど変わり者ですし」
「うーん、主任って、Q・Pのテニスのことしかあんまり考えてないというか。ここにもあまりいないですし」
「あ、でも主任がU-17ワールドカップに出るのを認めた方がいいってQ・Pと一緒に理事長を説得してくれたんで! Q・Pのテニスのためなら何でもしてくれると思います」
「そうだったんだね。それは知らなかったなぁ」
「主任は悪い人じゃないですが、正直我々としては、レンドールさんが話しやすい人でホッとしましたよ」
「いい人がコーチに来てくれて良かったですよねー、実績もバッチリですしー」

 やっぱりあの人は変わってるんだなとレンドールは認識を確定させた。Q・Pは、うるさくないからいいと言っているけれど。

「で、それでどうなったんですか? お料理の件は」
「さすがに飽きたって言ったとか、ですかね?」
「ああ、それはね……」

 レンドールは日々の食事が変わらなくてもあまり気にする方ではなかった。そもそも愛する妻が、自分が好物だと言ったのを聞いて、喜んでくれるのだろうと考えて作ってくれている料理に不満はない。むしろそんなことを気にしてくれるなんて、可愛いなぁと思うばかりだ。
 でも、Q・Pはどうなのだろうか、と思う。自分のためを思ってくれるのはうれしいけれど、彼には自分自身のための料理も作ってほしいとレンドールは考えていた。そして自分のなかでも、他にも、どれもとびきり美味しいばかりのQ・Pの料理を食べたいという気持ちがある。

 そこで、一週間それが続いた日に、レンドールは口を開いた。

「Q・P、このメニューは僕が好物だと言ったから、いつも作ってくれているんだよね?」
「うん。好きな物を食べる方がうれしいよね?」
「もちろんそうだよ。ありがとう。でも、きっとキミにも知らないことがあってね……」

 Q・Pは心なしか不安げな顔を見せたようだった。自分の考えは間違っていないと思いたいのに、信じ切れていないような表情だろうか。

「それはね、Q・P、僕はキミのどんな料理も大好物だってことだよ! もちろんマウルタッシェもラビオリも昔好きだった食べ物だけれど、それだけでなくて、今は、他のキミの料理も食べたいと思っているんだ。だってどれも僕の好物だからね」
「そうだったんだね。じゃあ明日は他の料理を作るよ」

 レンドールは当たり障りのない言葉を使って相手を言い包めるということはしないように努めている。だから、本心から思っていることをちゃんと口に出した。別の料理を食べたいと感じるのは、どの料理も自分にとって魅力的だと思うからだ。
 もちろん同じ料理だけでは栄養の偏りも気になっている。サプリメントだけでバランスを取るのは、あまり良いことではないはずだ。でも、それはきっと、言わずもがなだ。Q・Pはそういうことを理解している。理解したうえで感情を取ってくれた。なら、その無粋な指摘は不要だから、言わない。そういう取捨選択も必要なことだろう。

「……ミハエルが、毎日はさすがに飽きてるんじゃないかって言ってて」
「ああ、一般的にはそういうこともあるのかも知れないね。彼は気にするのかも知れないし、でも僕は気にしないということだ。僕はただこれからもキミの料理を楽しみにしているというだけだよ、青い鳥」
「ケン……!」

 それからはQ・Pのメニューはまた日替わりになったのだが、二週間に一度は、マウルタッシェかラビオリが出てくるようになったのだった。

「それ、本当にQ・Pの話なんですよね……?」
「それ別のQ・Pじゃないですか?」
「もちろんキミたちの知ってるQ・Pのことだとも。とっても可愛い子だろう?」
「うちらの知ってるQ・Pじゃないですよー!」
「知らないQ・Pッス!」

 ふふ、とレンドールは笑った。もちろんそうだ。だってそれは自分ばかりが知っている、愛おしい青い鳥の一面なのだから。
 すっかり親しくなった面々を見ながら、レンドールは彼らと出会った日のことを懐かしく思い出す。

「――というわけで、今後はQ・Pの専任コーチとなるミスター・レンドールです。チームとは組織的に言えば独立した存在ではありますが、緊密に連携を取っていきたいと思いますので、皆さんよろしくお願いします」

 チームの主任からの紹介に、よろしくお願いします、と口々に聞こえてくる。その反応は好意的に聞こえるので安堵したが、ではぼくはこれで、と紹介者はすぐに去っていってしまったので、レンドールは驚いた。子どもではないので彼からの自己紹介が必要だとは言わないが、せめてもう少し何かしらの説明くらいはしてくれるものと思っていたのだ。
 しかし、すかさず痩身の若い男性が前に立って、レンドールに手を差し出してくれる。

「えーと、それでは代表して、オレがレンドールさんと握手をさせていただきたいと思います。ようこそ、我らのチームへ!」
「ありがとうございます。僕は――」
「おっと自己紹介なら大丈夫ですよ! オレらみんな、U-17ドイツ代表監督のこと知ってますんで!」
「はいー、当然のことですねー」
「知らない人なんかいるはずないッスから」
「あのQ・Pが懐いてた監督ですから、みんな気になっていたんですよ」

 何だかわかるようなわからないようなことを言っているなぁ、とレンドールが考えていると、主任が出て行ったドアからQ・Pが入ってきた。

「コーチ、こっちに来てたんだね」
「うん。キミのチームとはこれから僕も関わっていくことになるから、案内してもらったんだ」
「Q・P、お疲れ様。測定終わったの?」
「終わったよ。一応こっちにも寄っておこうと思って」
「ではちょうど良かったですね。今月分のメニューを作成してありますので、持っていってください。内容に不備があったらいつでも言ってくださいね」
「ありがとう」
「もしお暇がありそうだったら、VRの方の調整に付き合ってもらいたいですー」
「いいよ。ちょっとくらいなら」

(普通にやりとりしてるし、Q・Pにとって親しい人たちなんだなぁ)

 Q・Pは人と接するのがあまり好きではない、と言っている。本人はそう言うが、U-17代表チーム内でも何ら浮いた存在ではなく、むしろ中学生らのことも気に掛けてくれるような優しい子だった。チーム内で得意な料理を振舞うすがたも見ている。
 彼は自分の経験から『人と接するのが好きでない』と認識しているのかも知れないが、元より頑なに人を拒んでいるような子ではなかったのだろう。学校でも友人と過ごしているようだし。

(学校……? あれ、今って)

「ところで、今って、14時ですよね。まだ授業がある時間では?」
「あら、Q・Pは、午後はほとんど練習ですよ?」
「え……あ、そうなんですか?」
「おお。オレらじゃもう当たり前になってることスけど……Q・Pは午前だけ授業に出て、午後はずっとトレーニングしてるッスね」
「13時までは学園にいて、ランチを食べたら14時からはテニスをしてる、って感じでしょうか。あとは閉校の時間まで大体練習してますね。もちろん、こういうのはQ・Pだけの特例です」
「えっと……それで、勉強って足りて……るんだよね?」

 思わず彼の方をレンドールはちらりと見た。

「Q・Pの成績は学年トップですので問題はないのではないかと」
「いつ勉強してんのかはオレらも知らないッスけどね!」

(Q・Pって、ちょっと人間離れしてるんだなぁ……)

 いや、プロテニス選手にして、大学を飛び級しているベルティのような子もいるのだから、不思議はないのかも知れない。いややっぱり不思議だとレンドールは彼の背中を見ながら思った。
 もちろんレンドールも、そんなことを口にはしたものの、彼の学力に疑問を抱いたことは一度もない。彼は自分が常識的だと考える知識はすべて有していたし、それどころか彼の知識は、音楽や芸術、哲学だってカバーできているのだ。レンドールの方が、彼の話すことに感心することが多い。
 知識のみならず、彼が一度で自分の言いたいことを理解してくれているのをレンドールは十分に理解していた。社会においての軋轢や摩擦、問題点もいちいち説いてやる必要がない。彼は非常に聡明で、ついでに言えば、そういった聡明さを持つ人間を同じように好んでいるようである。

「ところで、レンドールさんはQ・Pと結婚しているんですよね?」
「あっ、もしかして主任から……?」
「ええ、そうです。重要な機密情報として聞かされました。Q・Pの今後に支障が出ないように、オレたちから外部に漏らすことはありません」
「もちろん気にしてませんから」

 口外しないようにとはたしかに言っていないが、知らせるなら事前に言っておいてほしいなとレンドールは思う。彼らのようすを見ると、その話題は、日常の雑談程度だったので良いけれども。

(いや、いいのか?)

 自分が言うことではまったくないが、レンドールは自分たちの婚姻について、手放しで歓迎されるべきことではないと重々承知している。Q・Pだってその点を理解しているので口外することもない。
 というかQ・Pと親しくしている人なら、心配とか懸念とか、憂慮とか……まぁQ・Pにそれらは無用だとはレンドールも思うのだが。

「むしろQ・Pにも好きな人とかいるんだなぁ。いて良かったなぁくらいの感情ですよ、オレらは」
「ですね。後はせいぜい皆で飲みに行ったくらいかなぁ」
「飲みに?」
「はいー。実は、そう実は、何と何と当てた人がいたんですよー」

 何の話かわからずにレンドールは首を傾げる。
 自分と話していた相手が別の人たちの会話に急に口を挟んだので、Q・Pも振り返ってレンドールを見た。

「オレ、です!」
「ですねー。こういうお話ですー」

 それは二年くらい前、Quality of Perfectがものすごく珍しく、どうしてもU-17ドイツ代表チームに入りたいと言い出していたころのことだ。

「うーんでも主任がOKって言えば平気なのでは? というか、主任が『むしろ入れた方がいい』とかって言い出すとはオレは思わなかったんだけど」
「あーたしかに。あっでも主任じゃなくて理事長が対外試合拒否ってたんじゃなかったスか?」
「でも、やっぱり夫婦だから、考えは同じなのかと思ってたよ、私は」
「でも主任ってテニスジャンキーマッドサイエンティストだから」
「Q・Pが強くなるって思ったらやりそうッスね」
「そこは、やっぱりVRのおかげだと思ってますよー」

 Q・Pをサポートするために結成された専任チームには、彼の日々の状態変化を記録し適切なトレーニングを探る主任を筆頭に、栄養管理士、メディカルチーム、各種技術面でのトレーナーやサポーターが揃っていた。結成されたのは彼が中学生に上がったころで、結成から5年ほどのチームだ。
 そのなかで彼が高校に上がってからチームに増えたのが、VRシミュレーターのエンジニアだった。最先端のVR設備を使うことで、テニスプレイヤーとの対戦をシミュレーターで行えるのだ。まだプログラムは初期段階なので、初級・中級・上級の選手とのシミュレーションしか行えないが、これは将来的にはどんな選手ともシミュレーター上で対戦できるようにするという構想があるものだった。

「単なる打ち合いだけでなくより実践的な試合を行えるプログラムになってから、Q・Pがシミュレーションを行うことによって試合中の能力がさらに向上していましたからー。まぁQ・Pは元々能力値が高いんですけどねー」
「つまり、試合を行うことでのQ・Pに経験を積ませることの重要性に主任は気が付いたってこと?」
「ですですー。うーん、しかしそうなるとちゃんとした試合をすればいいのでこのVRちゃんのお役目は終わっていくのでしょうかー」
「いや、だから次は試合データの蓄積があるGTAのプロ選手と試合ができるように、ってところだろ。しかも本人呼んで実際のデータも取り込み放題だし」
「そうですねー。むしろそれが私の本領と言えますー。いずれ世界の名だたる選手を網羅した完璧なVRを作りますよー」
「その意気その意気。つかオレが気になったのはQ・Pなんだけど。Q・Pがどうしても出たいなんて言うの、初めて聞いたぜ?」
「たしかにそうだね。ちょっと意外だったよ。Q・Pがテニスのためではなく、そういうことを望むのは」
「テニスのためじゃないんスか?」
「主任と考えが同じようには、私には見えないよ。何か、もっと大切なことがあるように思う」
「プロ選手のボルクに負けたって聞いたんで、リベンジしたいんじゃないスか? ああ見えて結構Q・Pって負けず嫌いッスから」
「それはほぼ本人が否定してますねー。ボクがボルクのプログラムを組みましょうかって聞いたらお断りされましたのでー。ボルクと戦うことに強いこだわりはなさそうですー」
「単に籠の鳥が外に出たがってるということじゃないのか?」
「それもそうかも、だね。Q・Pだって、窮屈に思っているのかも知れない」
「……なぁ、その理由って、もしかして――恋、とかなんじゃないかな」
「ハァ? Q・Pが? 恋? あのQ・Pが? どういう理屈だ?」
「いや、単にそう思っただけなんだけど。Q・Pにもし何かの執着があるのなら、そういう理由かもって……」

「という話でした―」
「えっ……、そんな話が……?」
「ふふっ、もちろん与太話だと思っていましたけどね」
「でも当たってたんで、主任から結婚したって聞いたとき、みんなで、当てたヤツに一杯ずつ奢ることにしたんスよ! うーん、コイツは多分主任よりもQ・Pに詳しいッスね」
「いやぁ、そういうことでもないんだけど。たまたまだよ」
「……みんな暇なんだね」

 Q・Pがバッサリと言ったので、みんな乾いた笑いを浮かべていた。レンドールとしては、あんまりネタにされていい話でもないと思うが、好意的に受け入れてもらえていることについては、今後このチームを頼るという意味ではありがたいことだと思う。Q・Pも呆れてはいるが、怒っているようすはない。

「コーチはもう少し、ここで仕事?」
「いや、今日は顔を合わせておきたいだけだったんだ。用事はないよ」
「そうなんだ。じゃあ、コートで練習を見てもらっても平気?」
「もちろん。あ、でもさっきVRの調整とか話していたみたいだけど」
「明日でも構いませんよー。基本的にQ・Pのトレーニングを邪魔しない範囲でこっちはやりますのでー」
「じゃあ明日は時間を取るよ」
「あ、帰る前にはちゃんと寄ってくださいね。お渡しする資料はこちらで保管しておきますから」
「Ja.」

 扉が閉まると、先ほどの部屋は賑やかだったのだなと感じる静寂。

「和気あいあいとしてるね。少し意外だったよ」
「みんな主任みたいだと思ってたの?」
「いや、そういうことではないんだと思うけど」

 後にレンドールが聞いたところによれば、Q・Pは空気を悪くする人は交代してもらうことがあったらしい。たしかに、人間関係がギスギスしているチームでは不安定だろう。そういうことを高校生くらいの少年に指摘されるようでは、社会人としてかなり問題があるので仕方がない。

「僕たちのことも、受け入れてもらえて良かったと思う。心配した方がいいような気もするけど……」
「心配しなくてもコーチが人として尊敬すべきだってことがみんなわかってるんだよ。ボクもトレーニングと家でのプライベートはちゃんと分けられているから問題ないよね?」
「うん、それは間違いないね。キミはいつもしっかりしている。いつだって完璧だよ」

 レンドールの言葉にQ・Pは喜んだようだった。

「いつもはどうしてるの?」
「まずは壁打ち」
「キミは壁打ちが好きなんだよね」
「しっくりくるから」
「じゃあ、今日はキミのルーティーンを見せてもらって、それを基に今後のトレーニングの計画を立てていこうかな。もちろんアドバイスが必要な部分では口を出すけど」
「うん。よろしく、コーチ」

 ですからねつまり、と彼は言った。

「Q・Pとレンドールコーチ、全然さっぱりしてるじゃないですか。だからオレらの知らないQ・Pですよ、そんなん」
「彼は公私混同するタイプじゃないから。それに僕らは互いに気を付けてる。家ではさすがに違うよ」
「違うというのはー、たとえばどのようにー?」
「ええっ、あんまりそういうことを外で話すのは、Q・Pも気分が良くないんじゃないかな」

 などと言いながら、さっきも可愛いQ・Pのエピソードを披露してしまっていたレンドールだった。でも可愛いは共有したい。

「料理は本当に好きみたいで、いつも僕に作ってくれているんだ。前にU-17ドイツ代表チームでも、他の子たちに料理を作ってあげたり、お菓子を作ってあげていたよ」
「Q・Pの特技が料理ってマジなんスね」
「オレらは全然作ってもらったことないのに」
「学生さんに料理を作ってもらおうとするなんて、さすがにどうかと思うよ?」
「ううーん、たしかにそうですねー。しかし食べてみたさはありますよー」
「そういうことなら、食べたいと言えばQ・Pは作ってくれると思うよ」
「や、ですからね、大事な選手にオレらが料理を頼むってちょっとどうかと思いますってことです」
「別にいいよ」

 背後から別の声が増えたと思うと、部屋に入ってきたQ・Pは、集まっている方に近付いてきた。

「Q・P! 聞いてたんですか?」
「騒がしかったから」
「うっ、すんませんッス」
「いいよ。コーチも話してたみたいだから」
「アハハ……、うん、じゃあ、うちでパーティでも開こうか?」
「えっ、よろしいんですか?」
「Q・Pが、食事を用意するのですか? それでは大人数はさすがに……」
「いいよ」
「いいよしか言わない……! Q・Pがいいよしか言わない……!」
「ボクにできることなら、別に構わないと言うけど」
「もちろん、僕も料理以外の準備はやりますから。料理に関しては、Q・Pに任せきりなんです」
「コーチは料理できないから」

 Q・Pに比べてできる人は少ない、というようなレベルの話ではなく、食事にこだわりのない一般ドイツ人のように、これまで料理をまともにしていなかったレンドールがキッチンでしていることは、やっぱり皿洗いか掃除くらいだった、という話である。

「でもいいですねー、ガーデンパーティーなんて」
「え、そこまでは言ってなくね? ガーデンとかあるんスか?」
「賃貸だからそこまで広い庭はないよ」
「うーん、でしたら、ここでパーティーするのはどうですか?」
「えーっ研究室で?」
「いや別に研究室ではないんだが」

 どこでもいいよ、とQ・Pは面倒そうに言った。面倒そうだけれど、料理を作るのを否定することはない。

 それから数日後、チームが集結する部屋で賑やかなパーティーが行われた。そこにはQ・Pが30分で作った数々の料理が並び、全員がその料理に舌鼓を打ったのだった。


Q・Pとお料理のこと。Q・Pって今のコーチとかいないんじゃないかなぁ、やっぱりレンドールコーチだけがボクのコーチ♡なんじゃないかなぁ、そうだとするともっとこういろんな人が……チームとかで? みたいに考えた捏造なわけですが。

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